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目次
1.地域福祉と福祉コミュニティ
①コミュニティの概念
コミュニティ(community)は、一般に「地域社会」「共同生活体」「共通利害に基づく集団」などと訳されており、植物の「群落」や動物の「群生」といった訳もある。comという接頭語「communication(連絡、通信、伝達)」や「company(会社、一団、仲間)」などがあるように、「共に」という意味があり、unityは単一や一致などと訳される。これらのことから、コミュニティには、地域性とその間に存在する相互関係やつながりなどの意味合いが含まれていることがわかる。
「社会学小辞典」(有斐閣)は、コミュニティは多義的であると断ったうえで、コミュニティの社会的含意は、「一定地域の住民が、その地域の●●●個性を背景に、その地域の共同体に対して特定の●●●意識を持ち、自身の●●●的自律性と●●●的独自性を追求すること、に示される」としている。
このように、一般にコミュニティとは、地域性と共同性を含むものとして使われてきたが、近年では、たとえば「ネットコミュニティ」というように、共通の趣味や関心や機能のみに着目した使い方をされることもある。地域性を求めず、特定の機能や関心の共通性にのみ着目した新たなコミュニティの概念といえる。そのため、従来から使われている地域性と共同性を備えたコミュニティを、その違いを明確にするために、コミュニティの前に「●●●」の文字を付けて「●●●コミュニティ」と表現する例も見られる。1
②コミュニティの必要性
●●●業を中心にして●●●社会を形成してきたわが国では、そこで人々の生活様式や行動のあり方が規定され一定の調和を保ち、安定的な生活がおくられていた。しかし、近代になり工業化が進み、とりわけ、第二次世界大戦後の復興から高度経済成長期に至る過程で、人々の生活の基盤となっていた地域社会が大きく変貌した。
コミュニティに対する関心が高まったのは、この変化が顕著に見られるようになった●●●年代後半ごろからである。この時期、大規模コンビナートの建設や産業都市構想などによって、働き手が農村から都市部に急速に移動し、都市における生活基盤や公共施設の整備の遅れ、公害や交通などの都市問題が生じる一方、農村部の過疎化が進行した。こうして、農村部では従来からある●●●組織などが徐々に衰退していった。
このように急速に地域社会が変質する中で、●●●年9月には国民生活審議会調査部会コミュニティ問題小委員会が「コミュニティ~生活の場における人間性の回復~」の報告をまとめた。同報告は、「生活の場において、市民としての自主性と責任を自覚した個人および家庭を構成主体として、地域性と各種の共通目標をもった、開放的でしかも構成員相互に信頼感のある集団を、我々はコミュニティと呼ぶことにしよう」と、初めて公的にコミュニティを定義し、その構築の必要性を訴えた。
そして、「これによってコミュニティに対する理解が行政の中に構成され、この問題が行政ベースにのる突破口が作られることを切に期待する」として、行政によるコミュニティ推進の積極的取組を促した。
これを契機に、自治省(現・総務省)を中心にさまざまなコミュニティ推進策が登場したが、それらは、おおむね●●●区を基本にモデルコミュニティ地区を選定し、活動拠点となるコミュニティセンターや地域センターなどを整備し、その管理運営やコミュニティ活動を主導するコミュニティ推進協議会などの組織づくりを進める、というものであった。
③コミュニティ施策の意義と変化
コミュニティ形成に対する国の積極的関与に対しては、「上からのコミュニティづくり」という批判があるが、その当否はともかく、少なくとも公民館などの拠点整備やコミュニティ推進協議会などの組織整備などが、その後のコミュニティ活動の活性化やノウハウの蓄積に寄与したことは確かであり、また、それらの存在は今後のコミュニティ活動の推進においても有効に活用すべき地域資源の一つであり続けるだろう。
その後も、●●●によるコミュニティ活性化策は続けられているが、いわゆる「●●●」づくりから、それぞれの地域で住民が創意工夫に基づいて取り組む文化・スポーツなどのイベントや、地域おこし活動などに助成の対象は変化している。
④福祉コミュニティの理論化
わが国で最初に福祉コミュニティを体系的に論じたのは●●●(1906~2001、元・大阪社会事業短期大学学長)である。●●●は「地域福祉論」(1974(昭和49)年)の中で、地域福祉の構成要素として①コミュニティ・ケア、②地域組織化と福祉組織化、③予防的社会福祉を挙げ、このうちの地域組織化活動の目標として、「一般的地域コミュニティ」と「福祉コミュニティ」の形成を挙げている。
一般的地域コミュニティは、「地域共属意識のあらわれとして福祉対象者に対しても差別することなしに、対等、平等の同じ人間として受け入れ、しかも自然発生的な相互援助が行われる」コミュニティである。
一方、福祉コミュニティは、一般的地域コミュニティの中にあって、「福祉的な関心を持った人々、これと福祉対象者とサービスの提供者から成る」ものであり、一般的地域コミュニティとは違って、「計画的、積極的な福祉活動を行う」コミュニティである。このように、岡村は、一般的地域コミュニティとそこに含まれる福祉コミュニティという二段階のコミュニティを想定し、その必要性を提起した。
その際、●●●、当時の社会学者たちの研究成果、なかでも●●●(1932~2014、元・立教大学名誉教授)が示した4つのコミュニティ・モデルを参考にした。●●●は、地域社会の分析に地域性と普遍性という2つの座標軸を設定し、それぞれの(+)(-)の組み合わせによって4つの象限を表した。このうち地域性と普遍性2の両方とも兼ね備えた地域社会が「コミュニティ」(Dの象限)であり、●●●は、社会福祉援助の基盤となる地域社会のあり方として、この「コミュニティ」型が望ましいとしている。
一方、永田幹夫(1922~2008、元・駒澤大学教授)は、「地域福祉とは、社会福祉サービスを必要とする個人、家族の自立を地域社会の場において図ることを目的とし、それを可能とする地域社会の統合化および生活基盤形成に必要な生活・居住条件整備のための環境改善サービスの開発と、対人的福祉サービス体系の創設、改善、動員、運用、およびこれら実現のためにすすめる組織化活動の総体をいう」としたうえで、地域福祉の内容として①在宅福祉サービス、②環境改善サービス、③組織活動を挙げている。
そして、③の組織活動には、「地域組織化」と「福祉組織化」の2つがあり、前者の「地域組織化」の説明として、「住民の福祉への参加・協力、意識・態度の変容を図り福祉コミュニティづくりをすすめる」ことだと述べている。
⑤福祉コミュニティの意識と必要性
以上、2人の論者の福祉コミュニティ論は現在でも十分参考となるが、●●●のコミュニティ論を振り返りながら、改めて現在の社会福祉の動向を踏まえて福祉コミュニティの概念と必要性を整理してみよう。
●●●は、一般的地域コミュニティには態度の変容は期待できるが、具体的な援助機能は期待できず、そのために福祉コミュニティが必要であると考えた。確かに当時、福祉の「対象者」が抱える問題は一部の人の特別な問題であり、その解決には具体的な支援機能をもつ福祉コミュニティが必要だったといえるだろう。しかし、その後、福祉ニーズが普遍化し、現在では、多くの国民にとって生活課題の一つとして福祉ニーズが位置づけられている。また、福祉サービスが入所施設中心から在宅サービス中心に移行し、地域住民の一員として生活する要支援者が増えている中で、それらの人々を一人の地域住民として受け止め「差別をしない」「平等にみる」というような一般的な意識のあり方だけにとどまらず、多くの地域住民が何らかの方法で具体的な支援にかかわることが期待されている。
このような社会福祉問題の普遍化や広がりをみると、現代においては、●●●のいう一般的地域コミュニティそのものが具体的援助機能をもつ福祉コミュニティとして再構築される必要があるのではないだろうか。
2.社会福祉施策の整備と地域福祉
①社会福祉制度の基盤整備
第二次世界大戦前、独立して生活を営むことが困難な者に対する社会的支援策は存在していたが、その適用条件はきわめて厳しく、責任のほとんどは家族や親族が負っていた。 1970(昭和45)年前後から福祉施策に関して地域社会やコミュニティを視野に入れた検討が始まった背景には、前述のとおり、コミュニティに対する社会全体の関心の高まりとともに、当時、イギリスで取り組まれていたコミュニティケアの理念が、わが国に紹介されたという点も挙げられる。 1951(昭和26)年に制定された「●●●法」は、第1条で「社会福祉事業が公明かつ適正に行われることを確保し、もって社会福祉の増進に資することを目的とする」と明記している。これは、同法第2条に限定列挙され、強い公的関与の下で行われる入所施設などの社会福祉事業が、公明かつ適正に行われることこそが社会福祉の増進になるという考え方を示したものである。 1970年代から徐々に拡大していた在宅福祉サービスの整備や補助金の整理・合理化の推進、そして高齢化の進展でより身近な行政主体によるきめ細かなサービスの計画的実施が必要になったことなどから、1990(平成2)年に「社会福祉事業法」を含む「福祉関係八法改正5」が行われた。これにより、市区町村(以下「市町村」)に大幅に権限が委譲され、老人保健福祉計画策定の義務化や在宅福祉サービスの法定化などが行われた。 1990年代、社会福祉に対する住民参加が拡大した。 ●●●年5月に、障害福祉分野での契約利用制度の導入、福祉サービスの利用者の権利を保護する制度の整備、地域福祉計画策定の法定化などを内容とする「●●●法」等の一括改正が行われた。これらの一連の改革は社会福祉基礎構造改革と呼ばれるが、この改革の中で1951年に制定された「●●●法」も、50年目にして、名称を「●●●法7」に変更し、内容も大幅に改正された。 それまで実践や研究の場面では使われていたものの、法の中にはまったく使われていなかった「●●●」という言葉が、「●●●法」第1条に初めて登場した。 第1条 この法律は、社会福祉を目的とする事業の全分野における共通的基本事項を定め、社会福祉を目的とする他の法律と相まって、福祉サービスの利用者の利益の保護及び地域における社会福祉(以下「地域福祉という。」)の推進を図るとともに、社会福祉事業の公明かつ健全な発達を図り、もって社会福祉の増進に資することを目的とする。 地域福祉とは「地域における社会福祉」のことであるが、そこには、2つの意味が込められている。 「社会福祉法」第4条により、地域住民は、従来の理解し協力する客体の立場から、社会福祉事業の経営者などと並んで、自らも地域福祉を推進する主体の立場に変化した。 以上これまで述べてきた理念や制度の変遷を踏まえ、改めて福祉コミュニティづくりと住民とのかかわりを整理しておく。上記図は厚生労働省の審議会報告で使われた図式であるが、福祉コミュニティを理解するうえでおおいに参考になる。
第二次世界大戦を経て制定された「日本国憲法」第25条では、国民の最低限度の生活保障に対する国の責務が明記され、以降、さまざまな社会福祉制度が整備された。その制度体系の大枠を示した1950(昭和25)年の●●●審議会「●●●に関する勧告」は、社会福祉の目的を説明した後に、「国、都道府県及び市町村は、この目的を達成するために、必要な施設を設け、その分布の合理化と●●●拡充を図る必要がある」として、社会福祉の目的達成には、施設の●●●拡充が必要という考え方を提示した。
この勧告を受け、以降、順次制定された福祉六法●●●施設を中心に福祉サービスの整備が進められた。●●●施設は、多数の高齢者や障害者を「●●●」するために大規模化し、土地を確保するため、あるいは周囲との「摩擦」を避けるために、多くが住宅街から離れて整備された。施設サービスの利用は「●●●制度②社会福祉施策におけるコミュニティへの注目
コミュニティケアは、イギリスの精神障害者医療分野で構想されたものであり、精神障害者の社会復帰を促し地域での自立生活を実現するために、病院内ではなく、地域に居住の場や各種の支援サービスを整備し、病院との●●●システムの下で支援を行うというものであった。この構想はイギリスでは他の障害者施策や高齢者分野にも広がり、もっぱら収容者のことだけを考えていた入所施設のあり方に変革を迫ることとなった。
これらの影響を受けながら、●●●年12月、厚生省(現・厚生労働省)中央社会福祉審議会は「コミュニティ形成と社会福祉」の答申をまとめ、社会福祉協議会を中心とする地域組織化活動によるコミュニティ形成への期待や、地域福祉センターや地区福祉館など、住民のサービス拠点や活動拠点となる施設の整備を提案した。また、コミュニティケアを重視し、「社会福祉の対象を収容施設において保護するだけでなく、地域社会すなわち●●●において保護を行い、その対象者の●●●により一層の維持発展を図ろうとするものである。」と定義したうえで、整備の必要性を提起した。この答申が契機となり、ショートステイサービスやデイサービス等、主に高齢者福祉の分野で●●●福祉サービスの整備が進められた。③社会福祉施策における地域住民の位置づけ
(1)社会福祉事業経営者による社会福祉の推進
法律の名称「社会福祉事業法」に象徴されるように、当時は、社会福祉は社会福祉事業経営者や関係者のみによって進められるものという考え方が明確にあり、そのため「社会福祉事業法」のどこにも●●●や●●●という言葉は登場しない。(2)理解と協力をする地域住民(1990年の改正)
また、「社会福祉事業法」の改正では、第3条の2「地域などへの配慮」の項が新設され、「社会福祉事業を経営する者」に対し、社会福祉事業を実施するにあたって、「●●●などの理解と協力を得るよう努めなければならない」という責務を課し、「●●●」という言葉が登場した。
ここでの地域住民の位置づけは社会福祉事業経営者が行う社会福祉事業の周囲にいてい理解や協力をする立場、言い換えれば、客体的な立場ではあるが、それまで法の中に地域住民が全く登場しなかったことに比べれば大きな転換である。地域性や共同性という福祉コミュニティの要素を社会福祉制度が具体的に取り込み始めた第一歩がこのときに記されたということができるだろう。④地域住民の参加の拡大
1992(平成4)年には、市町村社会福祉協議会の事業として「社会福祉に関する活動への住民の参加のための援助」が法定化され、社会福祉協議会によるボランティア活動の推進の取り組みが強化された。
1993(平成5)年、厚生大臣は「社会福祉事業法」第70条の2第1項の規定を受け、「国民の社会福祉に関する活動への参加の促進を図るための措置に関する基本的な指針」(厚生省告示第117号)を策定した。その中の促進にあたっての考え方の柱の一つに「皆が支えあう福祉コミュニティづくり」を掲げ、「従来、ボランティア活動は一部の献身的な人が少数の恵まれない人に対して行う一方的な奉仕活動と受け止められがちであったが、今後はこれにとどまらず、高齢化の進展、ノーマライゼーション6の理念の浸透、住民参加型互酬ボランティアの広がりなどに伴い、地域社会の様々な構成員が互いに助け合い交流するという広い意味での福祉マインドに基づくコミュニティづくりを目指す」という考え方を示したうえで、福祉活動に対する理解の増進策や福祉活動の条件整備の方策などを打ち出した。
1995(平成7)年1月に発生した兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)は未曽有の被害をもたらしたが、このときに全国から駆けつけたボランティアの活動が、改めてボランティアへの注目度を高めることになった。同時に、活発に活動する任意の組織が、法人格をもたないために活動を進める際にさまざまな不都合が起こることも明らかになった。
そのため、ボランティア団体などが比較的緩やかな条件と簡便な手続きによって法人格を取得できる制度として1998(平成10)年に「特定非営利活動促進法(NPO法)」が制定、施行された。福祉分野に限られた制度ではないが、同法によって地域で活動する団体が法人格を取りやすくなり、コミュニティづくりの中核となる組織が「特定非営利活動法人(NPO法人)」として法人格をもつ例が増えた。これらの組織は、法人格をもつことで、事業の円滑な実施とともに委託や補助が受けやすくなるなどのメリットもあり、「NPO法」の制定は、コミュニティ活動の推進に大きく貢献している。3.社会福祉基礎構造改革と福祉コミュニティづくり
①社会福祉基礎構造改革
多くの改正点のうち、地域福祉を法定化したこと、地域住民を地域福祉の推進主体に位置づけたこと、この2点は福祉コミュニティづくりにかかわる重要な改正事項である。②地域福祉の法定化
第一に、「●●●で行われる社会福祉」という意味である。たとえば、各種の在宅福祉サービスやケアマネジメントのシステム、あるいは高齢者や障害者のための住宅整備やバリアフリー化の推進などが該当する。ここでの「地域」とは、援助が行われる●●●ということになる。
第二に、「●●●によって行われる社会福祉」という意味である。地域住民が参加して進める社会福祉活動といってもよいだろう。ここでの「地域」とは、「●●●」あるいはそれを構成する「地域住民」や「各種団体」などであり、どこでは福祉コミュニティづくりが期待されている。③地域住民を地域福祉の推進主体として法に明記
さらに、先に見た「社会福祉法」第1条で、「地域における社会福祉」と表現している地域福祉の具体的な目標が、この第4条で規定されている社会のあり方、すなわち「福祉サービスを必要とする地域住民が地域社会を構成する一員として日常生活を営み、社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会が与えられる」ような社会をつくることにあることが明確になった。
こうして、社会福祉の増進にかかわる地域住民の法律上の位置づけは、部外者(1951年制定当時の「社会福祉事業法」)⇒理解者・協力者(1990年の「社会福祉事業法」改正)⇒主体(2000年の「社会福祉法」)へ段階的に変化したのである。4.住民参加と福祉コミュニティ
図の説明の上段を見ると、多くの住民が「サービス・サポートに参加する」状態だということがわかる。しかし、ここが最終段階ではなく、次の第⑤段階が設定されている。第④段階は、要支援者からの矢印が地域住民に向かっていない。つまり、第④段階は、要支援者はあくまでも一方的に地域住民から支援を受ける対象であって、いわば特別な存在のままである。これが、第5段階になると双方向に向かっている。つまり、要支援者は、特別な存在ではなくなるということである。
実際には、第4段階で、地域住民は対等、平等という意識や理念はもっていても、日常的にはサービス・サポートには参加しない(できない)ということも考えられるが、いずれにしても第5段階は、地域住民が、要支援者を対等・平等の存在と見る「意識や態度」と、実際にサービス・サポートに加わる「行動」の両方が実現している。
福祉のコミュニティづくりに取り組むということは、この第5段階のように、地域社会の中で、要支援者を対等・平等の存在ととらえて接する「意識や態度」と、実際に何らかの支援に加わる「行動」の両方を、できるだけ多くの地域住民があたりまえのこととして実践するように働きかけたり、そのための環境づくりをする取り組みということができるだろう。語の説明